大阪大学大学院 人間科学研究科社会環境学講座福祉社会論
社会保障や高齢者・障がいのある人・子どもの福祉、市民社会に関する研究。

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報告書 はじめに

(1) 研究概要

 本研究は、介護、医療サービス供給における社会的企業の社会的価値創出機能について明らかにし、その活動が生み出す社会的価値の測定方法を開発しようとするものである。そのために、医療や介護サービスを提供する社会的企業(農業協同組合、生活協同組合等)で働く「職員」、「利用者」、「ボランティア」を対象に質問紙調査を実施する(比較対象として、他の形態の団体も対象とする)。
 本研究では海外からのコメントを得るために国際学会で既に数本の発表をしてきたが、5000件を超える大規模なデータベースができたこと、調査のために開発した調査票にも関心がもたれた。特に今回作成した調査票は、マークシート方式で回答するもので大規模調査においての集計作業を簡素化でき、また国際比較の可能性を含めて開発した調査票でもあり、今後、他国での調査実施の可能性が示唆された。

(2) 研究の背景

 介護サービス供給の準市場化が定着する中で、Pestoff(2009)は本来目指したはずの福祉多元主義が実現できず、営利企業による市場の寡占化が進行している状況に警鐘をならす。図1はスウェーデンの例を示す。

図1.福祉国家と福祉サービス供給の多元化(スウェーデンのケース)図1.福祉国家と福祉サービス供給の多元化(スウェーデンのケース)


 1980年代には自治体による介護サービス供給独占がスウェーデンモデルの特徴であったが、1990年代に財政危機、グローバル化、ニューパブリックマネジメントの影響で、市場競争を促す供給の多元化が進行した。2000年代初頭には市民セクターの供給体として社会的企業が登場し期待されたが、営利企業による市場の寡占化が進行している。政府、営利企業、市民セクターの競争により、質の高いサービスを効率的に生み出すことが期待されたが市場内のバランス調整は難しい。
 激しい競争の中で活動する社会的企業(NPOや協同組合等)であるが、本来の事業の他に社会的価値を生み出している。Pestoff(1998)は、社会的企業が1)働き手にやりがいをもたらし、2)利用者のエンパワメントがなされ、3)複数の社会的価値の創造に貢献する可能性を示している。その背景には、社会的企業の福祉サービスの生産過程においては、利用者と専門職によるサービスのCo-Production(共同生産)が存在しているからとPestoff(2009)は説明している。
 そこで本研究は、市民セクター研究の第一人者であり、co-prpduction 理論を展開するVictor Pestoff氏(Ersta Sköndal大学客員教授/大阪大学招へい教授)との共同研究として、介護、医療サービス供給における社会的企業の社会的価値創出機能について明らかにし、その活動が生み出す社会的価値の測定方法を開発しようとするものである。

参考文献

  1. V. 2009. A Democratic Architecture for the Welfare State. Routledge.
  2. V. 1998. Beyond the Market and State: Social enterprises and civil democracy in a welfare society. Ashgate.(= 藤田暁男・川口清史・石塚秀雄・北島健一・的場伸樹訳.2000.『福祉社会と市民民主主義.協同組合と社会的企業の役割』日本経済評論社)

(3)調査方法

図2は本研究調査の分析モデルを示す。
図2.本研究の分析枠組み図2.本研究の分析枠組み
 本研究では介護や医療の供給体が生み出す社会的価値について「ステークホルダー間の関係とガバナンス」、「労働環境」「ステークホルダーの論理や考え方、価値観」「利用者、地域住民の参加と協働」に焦点を当てた調査を行い、その機能を分析し、明らかにする。そのために、医療や介護サービスを提供する社会的企業(農業協同組合、生活協同組合等)で働く「職員」、「利用者」、「ボランティア」等を対象とした質問紙調査を実施する(比較対象として、他の形態の団体も対象とする)。

(4)調査研究の実施経過

調査研究の実施経過は図3に示すとおりである。
図3.調査研究の実施経過図3.調査研究の実施経過
2013年5月

協同組合医療・介護の現地調査(質的調査) ペストフ氏来日、現地調査への参加

2015年4月

本研究の開始(量的調査)

2015年9月

ペストフ氏、バムスタッド氏来日、研究会の実施(大阪大学)

2016年1月

質問紙の設問を検討(「職員」「利用者」「ボランティア」)

2016年2月

プレ調査の設計と依頼(3団体)、調査票印刷

2016年3月

プレ調査の実施(「職員」「利用者」「ボランティア」各40件ずつ)

2016年4月

プレ調査集計&分析、設問の修正、本調査に向けた最終調整

2016年5月

調査協力団体(8団体)を訪問し、「職員」調査依頼と実施方法の説明

2016年6月

「職員」調査票の印刷、各団体への配布

2016年7~8月

「職員」」調査の実施(配布、回収)

2016年9月

「職員」調査の集計と分析開始

ペストフ氏・バムスタッド氏来日、研究会の開催(大阪大学)

2016年11月~2017年1月

調査協力団体(8団体)へ結果の一時報告

調査協力団体(4団体)を訪問し、「利用者」「ボランティア」調査の実施依頼

2017年2月

調査票の印刷、各団体への配布

2017年3月

「利用者」」「ボランティア」調査の」実施(配布、回収)

2017年4月

「利用者」「ボランティア」調査の集計と分析開始

2017年5月

公立病院調査(2団体)、民間病院(医療法人)調査(2団体)の協力団体を訪問し、「職員」調査の実施依頼

2017年8月

「公立病院・職員調査」「民間病院(医療法人)・職員調査」の実施

2017年9月

「公立病院・職員調査」「民間病院・職員調査」調査の集計と分析開始

2017年9月

エーシュタ・シュンダール大学(ストックホルム)にて研究会、斉藤参加



(5)「職員」調査(協同組合)の調査概要

  1. 調査対象団体:日本国内での東北から関西に至るまで、幅広いエリアからご協力いただける団体を選び、全国厚生農業協同組合(JA全厚連)と日本医療福祉生活協同組合連合会のご助言のもと、調査協力を依頼した。9カ所に依頼したところ、8カ所の団体から調査協力の承諾を得ることができた。これらの団体は医療事業と介護事業を共に行っているが、医療事業を中心としている団体、介護事業を中心としている団体など、事業展開は多様性に富んでいる。
  2. 調査実施期間:2016年7月~8月
  3. 調査対象者:協力団体の全職員(医療系、看護系、介護系、事務系、その他すべて)を対象にした悉皆調査。当初は各団体に職種別、事業別に割り当てる方法(クォーター・サンプリング)の採用を検討していた。悉皆調査への変更理由は、協力団体の事業展開が多様性に富んでいるため、配分理由を設定し、それに基づき、割り当てることが困難だったからである。
     調査票は各団体の担当者宛に送付し、各部署を経由して、全職員に配布した。回答者のプライバシーを守るため、無記名の封筒に調査票を入れ、封緘の上、各団体の担当者に回収を依頼した。(一部、調査者への直接の郵送回収を採り入れた。)
     調査票の配布総数は7520、有効回収数は5414(415)、有効回収率は71.99%であった。
  4. 倫理的配慮:本調査は大阪大学大学院人間科学研究科社会系研究倫理審査会の承認(受付番号2015035)を受け、データ処理においては回答者個人が特定されることがないよう最大限の配慮を行った。
  5. 調査票の集計:各団体が回収した調査票は名古屋市内の業者に送付され、調査票の読み取り作業と集計が行われた。その集計データをもとに、生協総合研究所において、データクリーニング、カテゴリーの分類等の作業の後、クロス集計を行った。

(6)「利用者(患者)」調査の調査概要

  1. 調査対象団体:「職員」調査にご協力いただいた8団体のなかから、JA全厚連と日本医療福祉生活協同組合連合会のご助言のもと、それぞれ、2団体ずつに調査協力を依頼した。
  2. 調査実施期間:2017年3
  3. 調査対象者: 調査対象者は、各団体の病院、診療所に通院している方。
     各団体の担当者宛に調査票を送付し、病院、診療所の待合所などで、職員または組合員、ボランティアの方を通じて、利用者(患者)に調査票を配布し、協力を依頼した。
     回答者のプライバシーを守るため、無記名の封筒に調査票を入れ、封緘の上、各団体の担当者に回収を依頼した。
     有効回答数は631であった。病院の利用者は病気のために通院しており、調査協力の依頼が難しい。そのなかでも各団体の担当の方々には、温かい協力をいただいた。
  4. 倫理的配慮:本調査は大阪大学大学院人間科学研究科社会系研究倫理審査会の承認(受付番号2015035)を受け、データ処理においては回答者個人が特定されることがないよう最大限の配慮を行った。
  5. 調査票の集計:各団体が回収した調査票は名古屋市内の業者に送付され、調査票の読み取り作業と集計が行われた。その集計データをもとに、生協総合研究所において、データクリーニング、カテゴリーの分類等の作業の後、クロス集計を行った。

(7)「ボランティア」調査の調査概要

  1. 調査対象団体:「利用者(患者)」調査の協力団体と同じ団体に依頼した。
  2. 調査実施期間: 2017年3月
  3. 調査対象者: 協力団体の病院、診療所で活動するボランティアを対象にした悉皆調査。協力団体では多様な形態のボランティア活動が展開されており、サンプリングの範囲を決めることが難しい状況にあった。そこで今回は、「病院、診療所で活動する」ボランティアの方全員に協力をお願いすることとした。
  4. 調査票は各団体の担当者宛に送付し、担当者を通じて、病院、診療所で活動するボランティア全員に配布を依頼した。回答者のプライバシーを守るため、無記名の封筒に調査票を入れ、封緘の上、各団体の担当者に回収を依頼した。有効回答数は236であった。
  5. 倫理的配慮: 本調査は大阪大学大学院人間科学研究科社会系研究倫理審査会の承認(受付番号2015035)を受け、データ処理においては回答者個人が特定されることがないよう最大限の配慮を行った。
  6. 調査票の集計: 各団体が回収した調査票は名古屋市内の業者に送付され、調査票の読み取り作業と集計が行われた。その集計データをもとに、生協総合研究所において、データクリーニング、カテゴリーの分類等の作業の後、クロス集計を行った。

(8)「公立病院・民間病院」調査の調査概要

  • 調査対象団体: 近畿圏内の団体を選び、公立病院2カ所に調査協力を依頼した。公立病院での調査の実施は手続きが難しく、「職員」調査に使われたいくつかの設問(年収、家族構成など)を削除することを条件に、ご協力いただけることになった。
  • 調査実施期間: 2017年78
  • 調査対象者: 前調査との比較分析を可能とするために、協力団体の全職員(医療系、看護系、介護系、事務系、その他すべて)を対象にした悉皆調査を実施した。
    調査票は各団体の担当者宛に送付し、各部署を経由して、全職員に配布した。回答者のプライバシーを守るため、無記名の封筒に調査票を入れ、封緘の上、各団体の担当者に回収を依頼した。調査票の配布総数は1980有効回収数は1445、有効回収率は73.0%。
  • 倫理的配慮: 本調査は大阪大学大学院人間科学研究科社会系研究倫理審査会(受付番号2016037)の承認を受け、データ処理においては回答者個人が特定されることがないよう最大限の配慮を行った。
  • 調査票の集計: 各団体が回収した調査票は名古屋市内の業者に送付され、調査票の読み取り作業と集計が行われた。その集計データをもとに、生協総合研究所において、データクリーニング、カテゴリーの分類等の作業の後、クロス集計を行った。

表1は、本調査により作成したデータベースの内訳である。民間病院(医療法人)は病院間の差が大きく、サンプリングの方法が難しい。また調査に積極的な団体は、際立って質の高いサービスを提供していることが多く、法人の運営やサービスの質に疑念が持たれる団体は調査に対してはどちらかというと消極的になる。今回はサンプル数が少なく、医療法人の調査は今後の課題である。

表1.各調査で集まった有効回答数(サンプル数)
  公立病院 厚生連 医療生協 民間病院
職員調査  1445  2562 2852 232
利用者 (患者)調査  114  517  -
ボランティア調査  64   172 


謝辞

 本調査にあたっては、全国厚生農業協同組合、日本医療福祉生活協同組合連合会、生協総合研究所、また調査の匿名性のため、お名前をあげることはできませんが、各地で活動しておられるJA厚生連、医療生協の組合員、職員の皆様に大変にお世話になりました。
 日本の協同組合の制度や関連の法律については栗本昭氏(法政大学教授)、また調査票の設計については近本聡子氏(生協総合研究所主任研究員)に温かいご指導を賜りました。
 この場を借りて、心からお礼を申し上げます。

 本研究は、日本学術振興会科学研究費助成金、三菱財団研究助成、大阪大学国際共同研究促進プログラム助成金により実施しました。


■調査研究メンバー
斉藤弥生(大阪大学教授)、ビクトール・ペストフ(エーシュタ・シュンダール・ブレッケ大学客員教授)、ヨハン・バムスタッド(エーシュタ・シュンダール・ブレッケ大学准教授)、山崎由希子(生協総合研究所研究員)、遠藤知子(大阪大学専任講師)、佐藤桃子(島根大学専任講師)、吉岡洋子(大阪大学招へい研究員)

 またキャサリン・ペストフ氏には、すべての調査、研究会に出席していただき、貴重な意見をいただきました。